せっかく個人サイトやってんのにnoteに誘導とかアホなの?
と思い始めたため、本サイトに移植。

自創作ノベルゲームSOMA本編から12年前のセク坊のお話、三部作。
第三章の自主訓練シーンでフラッシュバックするマッマの声、これ。
(本編ネタバレではあるけど、これを読んでから本編をやるのもそれはそれでみたいなやつ)

幼い日、母との生活

母は、よく俺の頭を撫でてくれた。
白い指で髪を掬っては、柔らかく笑って。

「綺麗ね。お父さんと同じ色……」

母はいつも俺の髪と瞳を褒めた。
薄紫の髪と琥珀色の瞳。鏡に映る自分を確かめる度に誇らしかった。

けれど、気づいてしまったのはいつだっただろう。
母の目が俺を通り越して、遠くの誰かを見ていることに。


それでも俺は母が好きだった。


小さな町の、小さな家で、二人だけの小さな生活。
一緒に買い物に行けば進んで袋を持ったし、台所では背伸びしながら皿を洗った。
たぶん、その笑顔を俺自身に向けてほしくて。


俺には母が全てだった。


ある夜、母が咳き込んだ。
口元を覆った手、指の隙間から赤が零れて──。

「……セクタス、大丈夫よ。お母さん、ちゃんと元気になるから……」

俺は頷くしかできなかった。


けど、医者にかかる金はない。薬を買う金もない。
このまま母はいなくなってしまうのだと、幼いながらに悟っていた。

それでもできることは全部した。
水を飲ませたり、湿らせた布を額に置いたり、体を拭いたり。

けれど母の手は日毎に細く冷たくなっていって────。


最後に聞いた母の声は、耳を澄ませてようやく拾えるほど、か細かった。

「……リンクリッドの屋敷を訪ねなさい。お父さんが、きっと助けてくれるから……」


──“お父さん”。


最期まで、俺の知らないその人を信じていたんだろう。
覚めない眠りについた母はとても幸せそうだった。

父を訪ねて

「……お父さんが、助けてくれる……」
 
母の今際の言葉だけを頼りに、俺はリンクリッドの屋敷を訪ねた。
帝都からの商人の車に乗せてもらうことができたのは、運が良かったと思う。


門の鐘を鳴らす手が酷く震えていたのをよく覚えている。
寒さだけじゃない。
怖かったんだ。“お父さん”に会うのが。

大きな門の向こうに広がる庭を、真っ直ぐこちらに歩いてきたのは年配の執事だった。
彼は格子を隔てた俺を見つめると眉を持ち上げた。

「……ご用件は?」

不安に押し潰された心臓が暴れて、上手く言葉が出てこなかった。
それでも必死に伝えた。

「……お母さんが、病気で……もう、いなくて……お父さんが、助けてくれるって……」


しばらく黙っていた執事が小さく息をつき、鉄の門を開いた。

「お名前は?」

「……セクタス、です……」

「セクタス様──こちらへ」

慣れない呼び名に戸惑いながらも、執事の背中を追いかけて広い庭を歩いた。
奥には母と暮らした家とは比べ物にならない程の大きな屋敷。

促されて中へと足を踏み入れた。

それまでに見たどんな建物よりも広かった。歩けば足音が吸い込まれていくくらいに。
高い天井。突き当りの見えない長い廊下。そこに並ぶたくさんの扉。

執事は俺をその内の一つに通すと、「ここでお待ちください」と言い残して出て行った。

応接室。
今にして思えば、あの屋敷の中では広いとは言えない部屋だった。
だけど小さかった俺にはとても広く感じられたんだ。

俺は初めて見る豪華な装飾の椅子に座っていいのかもわからず、部屋の隅に蹲り膝を抱えた。


そのまま長い時間を待った。
何度か夢に沈みかけては浮上してを繰り返し、やがて扉の開く気配に顔を上げた頃には、部屋は夕焼けに染まっていた。

「……ご案内します」

連れて行かれたのは重たい扉の前だった。

執事がノックをして数秒、中から「入れ」と声が聞こえた。
「失礼します」と答えた執事は、俺を中へと導いた。

書斎のような部屋。
大きな窓を背にした男が、執務机に着いたままこちらを見ていた。

顔はよく見えなかった。
沈みかけた夕日を背負うその姿は赤く滲んでどこか遠く、輪郭だけが際立っていた。

「旦那様。お連れいたしました。セクタス様です」

そう言って執事は俺の背をそっと押した。
俺は震える足を引きずるようにして奥へと踏み出した。

一歩、また一歩。
俺の足元まで這い伸びた男の影を踏んだ時、漸く顔がはっきりと見えた。

「お、お父さん……?」

気づけばそう口に出していた。

赤と影が邪魔をして、髪の色も、目の色も、俺と同じには見えない。
けれど、この人が母の言っていた“お父さん”なのだと、理屈抜きにそう理解した。


母が愛していた人。……たぶん、俺のことよりも。
母が信じていた人。……だから、俺もそうするべきだ。


俺が呼んだその人は表情を変えず、じっと俺を見つめるだけで何も言わない。
沈黙に耐えきれなくなった俺は続きの言葉を探した。

「……お母さんはいつも、お父さんの話をしてました……」

どうしてそんなことを言ったのかは分からない。
他に何を言うべきだったのかも分からないけれど。

やはり彼は何も言わなかった。

無言の瞳と見つめ合ったまま永遠にも感じたあの時間は、きっと数秒のことだった。

そうしてついに唇が動くのが見えて──


「そうか」


それが俺が生まれて初めて聞いた“お父さん”の声だ。
低い一言。それだけ。それ以上は何もなかった。

間もなくその視線は俺から外れて、ペンを走らせる手元へと戻っていった。

「……お部屋をご用意いたします。こちらへ」

執事の声が落ちてきて、俺はその手に体の向きを変えられた。

やがて部屋を出た背後で扉が閉じられた。


ガチャン──


耳に届いたその響きまでもが、俺を世界から拒絶していた。

家族写真

屋敷に引き取られて暫く経った日だった。
メイドに連れられて行った白い広間。入ったことのない部屋だった。

待っていたのは俺の“家族”。
その正面には三脚のカメラを覗き込む知らない男。


数人のメイドが俺を囲み、服を整え髪を梳かし始めた。
そんな風にされるのは屋敷に来てから初めてで、どうすればいいのか分からず俺はじっとしていた。

それが終わると、俺は押されるように“家族”の輪に入れられた。

すぐ後ろに“お父さん”。その横にドレスの女の人。
そして俺の隣には、俺と同じ髪をした少し年上の男の子。

「はい、もう少し寄ってください」

カメラマンの声に戸惑いながらも、俺は少しだけ男の子に身を寄せようとして──


──目が合った。
琥珀色の瞳。俺と同じ色の。

無意識に声が漏れていた。


「……兄さん……?」


彼の目が一瞬見開かれたのは、きっと幼い俺の期待が見せた幻だ。

すぐさまメイドが飛んできて、正面を向かされたから。
もう、カメラのレンズを見ることしか許されなかったから。

「それではシャッター参ります──」

カウントダウンの声はやけに遠かった。


パシャ──


白い光が視界を覆って。

「お疲れ様でした。もう結構です」

メイドに出口へと押されながら一度だけ振り返った。
ちかちかと光の余韻が残る中、別の扉から出ていく“家族”の背中が見えた。

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